チラシの裏に書く寝言

強引に こねてまとめて とりあえず焼いた

パラダイス ー2022年10月30日の客席より

 

 

 

どうにか確保できたのはコクーンシートの後方。覚悟はしていたけれど舞台下手⅓強が隠れる席でした。それでも重要な場面はちゃんと見えていた...と思います。

 

終始漂う鬱屈とした空気と、今私が生きる現実をまざまざと思い起こさせるような身近で生々しい台詞や展開、劇場を出るときに抱えたままになってしまった「結局この話は何だったの?」という気持ちに赤堀作品の洗礼を受けたようでした。

 

幻となった2020年版で謳われていた“華やかなムードに包まれたオリンピック目前の東京を背景に社会の底辺で蠢く男たち”という一文が頭に残っていたせいか、持てるものと持たざるものの格差のようなものが全面に出ているのかと勝手に想像していたけれど、それよりも特殊詐欺グループのリーダーである梶の青臭い葛藤と彼にある種の執着を見せる元締めヤクザの辺見との内輪揉めの印象が強く、そのアウトローな世界との対比のようにごくごくありふれた梶の実家の情景も差し込まれていました。

 

 

出だしから暴力的な場面だったのには面食らったけど、梶の今にも破裂してしまいそうなほど張り詰めた怒りは詐欺の研修生が遅刻してきた事とは別のところから来ているように感じられて、その正体のない気持ちを目標をすり替え暴力としてぶつける様子はどこか苦しげにも見えました。

 

金持ちから奪って何が悪いと自身の詐欺行為を正当化させる発言は、“だから自分は悪くない”と自分自身に言い聞かせるためのようでもあって、今の地位まで伸し上る才覚も独立する野心もあるけれど梶はこの仕事に似つかわしくない性質を抱えていたんじゃないかと。

研修生たちに必要以上に目を掛ける不毛な優しさや、上の人間に媚び諂う事へ反発心を覚える真っ直ぐさ、そんな葛藤を内包し続けてしまう不器用さもこの世界で完全な悪人として生きるには弱点でしかなくて、そういうものがあるがゆえのやるせなさが常に梶の表情に浮かんでいるようでした。

言葉の端々にまるっこくて柔らかい響きが含まれていたのも"らしくなさ"を感じた要因かもしれません。




梶の発言をまるっと信じるならば、彼は特に大きな挫折もなく大学まで進学し就職もできていたんですよね。

久々に帰省しても何事もなかったように受け入れてくれる“普通”の実家もあるし、いわゆる社会のレールに乗ったままでいられる条件は揃っているように見えました。それなのに裏社会へ迷い込んで『これは社会への復讐だ』なんて語っている、その中身は抽象的で彼の根本的な原動力はわからない。

キッカケってなんだったんでしょうね。案外本当に些細なことだったのかもしれません。

 

その“普通”の実家の描写が妙にリアルでグロテスクで観ていて気が滅入ってしまいました。

会話は微妙に噛み合わなくて、お互いがお互いに対してめんどくさいと思っている。それでも露骨な苛立ちと情を煮詰めつつ身を寄せ合って“家”にきっちりと収まっている生々しさ。大きな問題はないけれどぬるま湯のようで、自分の居場所はここではないのでは?と思ってしまうような空間。だから梶は『腐ったネギみたいな臭い』を感じたのかな。あれは多分あの場に停滞することを選んだ人間の臭いなんじゃないかと。

姉の甲高い声で語られる宅配トラブルの話。この作品の内容が内容なのでその電話も詐欺かと思えばそんなことはなくて、大したオチもないだらだらと垂れ流される話は聴いていてしんどいものでした。

他にもプツンプツンと突然途切れるような場面転換や妙に耳につく環境音など絶妙に気分の悪さを煽るような要素が全体に組み込まれていて、それらにじわじわと包みこまれるような嫌な感覚は、梶が普段漠然と抱えていた形にもならない苦しさや不快感を疑似体験しているようでした。




望月には目を引くような異質さがあって、ずっと彼女のことが気になっていました。

現状から抜け出す為にお金が欲しい、借金返したい。だから詐欺だろうとなんだろうと頑張るという単純明快で純粋に狂っている性質はヤクザな世界に向いていたのかもしれないけど、そんな場所に染まるというよりは彼女一人ほんの少し地面から離れた所に立ち白くて薄い殻に覆われているようでした。

ピンと張ったような話し方と透き通った高いトーンが特徴的で、初めて詐欺が上手くいきそうになったときの興奮と緊張を必死に抑えながら相手を誘導する声が忘れられません。

もしかしたら望月はあの屋上にふらっと飛び降りに来ていたのかなと思ったけど、火事のなか必死に非常階段に走って行った彼女はたとえ行く宛がなくとも、これから先も図太く何処かで生き延びていくんだろうなという気がしました。




梶に忠誠を誓ったかの如く付き従う真鍋の姿も印象的でした。

喧嘩を止めるためにスルリと梶の側に寄り添う様子や誰にも悟られないような些細な目配せ一つでのやり取りはビジネスにおける右腕以上の信頼関係を築いているようで、辛そうな表情の多かった梶が電話越しの真鍋には穏やかに笑いかけたり、その身を案じて足を洗って東京から離れろとまで言う様子からもそれが垣間見えるようでした。

だからといって、自分の小指を差し出してまで梶を助けようとした真鍋の気持ちの重さがどこから来ているのかはわかりませんでした。そういった感情どころか寡黙な彼のバックボーンは全く語られなかったけれど、最期に『俺日本人嫌いだから…スカッとしました』と呟いていて、その台詞の引っかかる言い回しをそのまま受け止めていいのか決めかねています。

 

自分が住み込みまでさせて目をかけて育てた部下がこんなふうに他の人間と強い結びつきを持って、あまつさえ勝手に独立する不義理を働こうとしたらそりゃあ辺見は面白くないよね...とは思います。仕事云々というより、梶自身に執着してたんでしょうね。でも猫は傷つけないで...




敢えてハッキリと描かれなかったラストで、実家の玄関を開けたのは無事にビルから逃げ出せた梶だと思ったけど、もしそうだとして、その上火事で全ての証拠がなくなって自由になれる可能性があったとしても、あの後梶は自首するんじゃないかなという気がしました。




ここからはちょっと納得いっていないなって話なんですが。

あの屋上に梶は辺見を始末して自分も…という覚悟で現れたのに、その決死の気持ちまでも突如起こった火事が呑み込んで有耶無耶にしてしまったように感じて、え?それでいいの?と思ってしまいました。

それ以外にも作中で一番ネジの外れている青木の暴走があったにせよ、あの火事が起こらなければあそこまで急激な強引さをもって終幕へ向かわず彼の覚悟の行末を見届けられたのかなと惜しい気持ちです。

そういうままならなさや他者から突然命を脅かされる理不尽さが今の世の中のリアルだと言われればそれまでなのかもしれませんが。

 

しかも火事の原因が“同じビルに入っている心療内科の患者が医者を逆恨みしてガソリンを撒いて火をつけた”なのは心の底から嫌悪感しか感じませんでした。

突然乱入してきた、富士山の噴火を望むような精神の不安定な中年男性。休職したくて診断書を書いてもらうために評判の良い医者を探して来たのに『貴方は病気じゃないから大丈夫ですよ』と優しく言われて診断書はもらえず腹が立って放火したと。

明らかに実在の事件を意識していると感じ、この中年男性が生きづらさを抱え希望を求めて病院まできたのに苦しさを理解してもらえないどころか真っ向から否定されてしまう辛さ…とかそういったものに思いを巡らせる余裕は一切なくなりました。

この辺で客席に笑いが起きる場面があった気がするのだけど(たしか『火を着けたのか!?』とかそんな台詞だったかと…)元の事件がまだ記憶に新しく、心療内科通いの男がポリタンクを持って現れた時点からずっと嫌な予感しかなくて顔が引きつってしまいました。

 

劇中脈絡もなく放たれていた『戦争だ』の台詞や詐欺の電話で使われていた給付金というワードからもこの物語が私たちの生きる現実と同じ場所にあるという事を示唆しているのかなとは思います。 

ただ、この事件の引用に関してそれ以上のメッセージ性は一切感じ取ることは出来ず、それならほかの事柄でも良かったんじゃないかと。まだ日もそこまで経っていない、解明も難しく多くの人の傷になった事件をわざわざ引っ張り出して来て、しかもその患者を脚本演出の赤堀氏本人が演じるのならばその必要性を描き切って欲しかったです。

 

万人に受け入れられる表現を要求するのはまず無理な話だと理解していますが、さすがにこれにokを出して大阪公演までやるのは制作側も安易な考えだったのではと思います。

 

 

 

 

 

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パラダイス
東京公演
Bunkamuraシアターコクーン

2022/10/7(金)~11/3(木・祝)

パラダイス | Bunkamura