チラシの裏に書く寝言

強引に こねてまとめて とりあえず焼いた

スリル・ミー 木村/前田ペア ー2023年9月10日の客席より

 

 

 

(私)木村達成×(彼)前田公輝 ピアニスト:落合崇史

 

2021年の公演も劇場や配信で観劇しているので、私にとっては4組目のペアです。
まずはそのカラッとした空気感にびっくり。内容の陰惨さが変わるわけではないですが、どことなくスポーツ系の青春物のような爽やかさを感じるペアだなと思いました。

 

 

 

第一印象は、なんだか二人とも人当たりが良さそう。
“私”という人物は、そもそもあまり他者とのコミュニケーションが得意でなかったり自ら閉じてしまったりする傾向があると思っていたのですが、木村私にはそういった不自由さは感じませんでした。
本人がどう思っているかは別としてそれなりに親しい友人がいたり遠巻きに好意を持っている人達がいそうというか、仮に「二人組作って〜」とかいう一部の人間には学生時代に苦い思い出がある地獄のような号令をかけられても困ることはなさそうだなと。
少し臆病で大人しい面もあるけれど勉強もできて見た目も垢抜けて申し分なく、家族からも大事にされてのびのびと育ったまさに自慢の息子だったんじゃないかと。
前田彼も孤高のカリスマ的存在というよりは華やかな男子グループの人気物といった雰囲気。
序盤は笑顔も多い気がして、思った以上に血の通った人間なタイプの彼がいるぞ...?と驚いてしまいました。
後半に行くにつれて、仮面をしたかのように感情が見えづらくなって空虚な言葉を話す瞬間が多くなったところに不思議な掴めなさが残るのですが、ふとした時に木村私に向ける表情や態度には押し込め切れない優しや明るさが見え隠れしているようでした。
レイって呼ぶ声が、わたしの観てきた彼の中で一番優しく聴こえたんですよね。

 

 


冒頭の公園で再会する場面、木村私を後ろからハグする直前に前田彼がニヤっと笑ったんですよ。友達に悪戯を仕掛けるようなワルい顔とその後のワイワイとした雰囲気に、この二人は健全な友好関係を築けているのでは?これではスリル・ミー始まらないのでは??と思ったほどでしたが流石にそんなことはなかったですね。ちゃんとスリル・ミーでした。
でもやっぱりこの二人の関係性のベースにあるものには、仲間って言葉が一番合う気がしたんですよ。普通の友人よりもう一歩だけ親しく身内に近い意識をもっていて、アウトドアな趣味とかを一緒にやっちゃいそうな感じというか…少し相手を試すようなことをするのも、そういう近い関係だからこそ冗談で済んでしまうラインがちゃんと見えていたんじゃないかなと思いました。
ただあくまで前田彼にとっての木村私はそういった相手が何人もいるうちの一人でしかなくて、その中でもちょとお気に入りの部類ではあったかもしれないけれど唯一絶対とは思われてなさそうで、反対に木村私は仲間意識の上に恋愛感情を特盛にしてどうしようもないくらい焦げつかせてしまっているようでした。

 

 

 

強盗をして逃げてきた前田彼の笑い方、とってつけたようなけたたましさで無理やり明るさを引っ張り出そうとしているようで不気味でした。
この辺からだったかな。前田彼の考えが読めないなと思い始めたのは。
盗品を確認する時も全然興味を持っていなくて、犯罪自体も楽しくなさそう。
自分より弟が父親に可愛がられていると言葉にする時もあまり語気を荒げていなかったせいかそこまで強く劣等感や怒りが見えず、もしかして口でいうほど憎んでないのかなとすら感じました。
凶悪犯罪にまで突き動かした衝動の中に憎悪や痛みや快楽すらも無いのならあとはなんだろうと考えたところで、ふと挑むような鋭い目線とくいっと上がった眉や口角を思い出しました。
幾度となく、誰に向けるでもなく浮かべられたと思っていたあの野心的な表情は、もしかして前田彼の目の前にある世界に対して挑んでいるものだったのかなと。
ただ漠然と憎くて、そこに自分の優秀さを叩きつけることで渇いた感情に達成感が蘇るとでも思ったのなら、なんとまあ青々しくて浅はかで高慢なことだろうと思いました。

 

 

 

反対に木村私は不安そうに下がった眉毛とくしゃりと歪めた表情をよく浮かべていたのが印象的でした。
体格がほぼ同じ、なんなら木村私のほうがほんの少し身長がありそうで力的にも逆転できそうなのに前田彼が常に上から発言してるように見えて、それを受けて木村私は無意識に自分を制御しちょっとした事にも身を竦めてちいさくなっていた気がします。でもそれは怖がっているからではなく、そういう風に彼が絶対であるという態度をとっていた方が前田彼も機嫌がよくて都合がいいからぐらいの考えで、従うとかとはまた違うものかと。
だから見た目は健気な仔犬のようでいて意外と自分本意というか、別にそこまで前田彼のことを考えてはいないように見えました。まさに恋。この私なら彼と一緒にいる為に計画的に裏切れそう。
スリル・ミーも、ストレートな意味で肉欲を発散させたい私とそういう気分じゃない彼というある意味健全で年相応な印象で、構ってもらえなくて辛いとか行為を通して二人の関係を確かめないと不安だとかそういうフラストレーションに追い詰められて爆発したわけではないように見えました。
欲に忠実というんですかね。契約書で指を傷つけられたあと『僕だけじゃないよね』と、ちょっと弾んだような興奮したような声で、あわよくば自分が前田彼の指を穢す役目を得ようとばかりに前のめりで問いかけていたのも印象的でした。
それから『お話しします』と歌い出したわりに心此処にあらずといった投げやり具合でぼそぼそ呟いているような様子があって、(お芝居としてはそういう印象を受けたけど、歌声としてはストレスなく聴けるよく通る歌だったのが不思議だし役者さんってすごい!と思いました) この私全然彼との事話す気ないな…反省皆無!彼への執着だけ!!って感じがしたのが好きでした。

 

 

 

スポーツカーで、追いかけっこのようにキーをジャラジャラと鳴らしながら後ずさる前田彼に駆け寄る子供の笑顔がハッキリと見えた気がしました。まだ柔らかさの残る輪郭に浮かぶ無邪気な表情。羨望の眼差し。
舞台上に居ない相手があれだけ鮮明に見えること自体は芝居として素晴らしいことなんですが、内容が内容だけにとてもやるせない気分になってしまいました。
前田彼が事務的な笑顔以外の感情を見せていなくて目の前の子供になんの気持ちも持っていなさそうなこと、この犯罪行為自体にも意味がないように思えたことで余計にそう感じたのかもしれません。
2年前ならわぁ!凄い!で思考が終了していた気がするのですが、やっぱり人間の価値観って少しずつ変化するものなんですね。

 

反対に死にたくないは観ていてとてもワクワクしました。
いやどう考えてもそういう曲ではないのですが…一曲できっちりと作品になっていたというか…
片膝を抱えて小さく蹲り他人事かのごとくポロポロと感情を溢す場面と、ついに耐えられなくなってのた打ち回りながら死の恐怖をぶちまける緩急の付け方が独特かつ鮮やかで演劇として魅せる曲!という印象を受けました。こういうアプローチの歌い方は2021年の彼たちとも違うものだったので印象深かったです。

 

 

 

後半の木村私はすっかり勝ちが見えていて怖かったです。
取調室で司法取引をほのめかした時も余裕の表情でしたし、俺と組んででどれだけ前田彼が甘く名前を呼んでも既に一番大きな目標のためにしっかり腹を決めてしまっていて一切絆される様子がなかったですし。
だからこそ、判決前夜に死にたくないと嘆く前田彼の声を聴きながら驚くような、初めて自分のやっていることに気づいたような表情を浮かべたのは意外でした。爛々と目を見開いて激しく胸を激しく上下させる姿は喜びと取れなくもないけれど、やっぱり前田彼の半狂乱の様子に一瞬我に返ったのかなと。

 

木村私の告白を聞いてうずくまるように顔を覆った前田彼、我慢できなくて泣いていたようにも見えました。あの時の私も怖かったですもんね。ついさっきまで晴れ晴れと最終弁論について語り、この期に及んで虚勢でもなんでもなく自分のなりたかった弁護士像を自信満々に示していたとは思えない萎れっぷりに、初めて彼のことを気の毒に…と思いました。
でも初恋拗らせモンスターに豹変した木村私は誰にも止められません。座ったまま前のめりに距離を詰められ、身を守るように身体を丸めながらもガンガン後ろにさがって少しでも離れようとする前田彼にもわかる…怖いよねと。そのあと階段を登るスピードもこころなしか速かったように思えました。うん、逃げたいよね。

 

仮釈放が決定した木村私は『自由…?』とつぶやきながらそんなモノ必要じゃないしそもそもどこにあるのかとでもと言いたげに首をかしげていたけれど、結局、彼のいない世界にここまで投げやりになってしまうほど前田彼だけに執着していた理由は秘められたままのように思いました。少なくとも、どちらにも愛は無かったような気がするんですよね。

 

 

 

この二人の最大の特徴は作品の内容に反しての陽の気配と湿度の低さだと思っていて、そのうえ表面的に闇や痛みが見えづらく人間性の歪みも少なさそうなので、なぜあれだけの罪を犯したのか掴みきれないな…という気持ちが強かったです。
どうにか内側を覗き込もうと躍起にもなったけれど、変に深読みせず素直に受け取ってもいいのかなと。
息を詰めて見守るというよりはフラットな気持ちのまま進んでいって、ごくごく普通の頭の良い青年たちが本当に軽やかに道を踏み外していく様を見せつけられるのはそれはそれで随分とゾッとする話だなと思いました。

 

 

 

 

 

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スリル・ミー
東京公演
東京芸術劇場 シアターウエス

2023/09/07(木) ~ 2023/10/03(火)

https://horipro-stage.jp/stage/thrillme2023/