未だ2021年の5月30日に取り残されている人間の寝言。
実は、にろまりペアの配信は観るかどうかかなり迷いました。
「これは愛の話だ。愛に呑まれてしまった男の話だ。」と劇場で観た時に不思議なほどストンと腑に落ちて、わたしの中でこの二人のスリルミーがあまりに綺麗な形で完結してしまっていたので、いざもう一度映像で観て思っていたのと違う…とか、何か粗が見えてしまったら…と思うと怖かったんですよね。
でも二度と無いかもしれない配信のチャンス、観ないよりは観て後悔してやんよと腹を括りました。
同じ愛がテーマだとしても、今回は最終的に彼が一番安らげる場所が私のそばにあったことに気づいたようにみえて、愛に呑まれたのではなく救われた男の話に感じました。
結果、思ってたの違う!!となったわけですが、スリルミーという作品にこういう観え方があるのかと衝撃で余計に惹かれてしまいました。本当に観てよかった。
3人の彼の中で唯一、私の前で高圧的な態度や打算を含んだ言葉を吐くことがないように見えた新納彼。
超人とか犯罪自体に魅力を感じる狂気的な側面を持ち合わせているというよりは、それさえ成し遂げられれば父親からも世間からも呪縛を受けない自分になれるという蜃気楼のような希望をその行為の先に見出してしまって、何とかしてそれをつかもうとしているだけに見えて、彼達の中でも一番普通の人のように感じました。
だから殺人の後もそこまでハイになっていないし、他の彼達が自信ありげに言った『顔が潰れてるから〜』っていうのも別に何事もないようにサラッと流して言ったように思えました。
ただ、子供を誘拐する時の新納彼はパッと見優しげではあるけれど貼りついた笑顔の下に感情がないというか、漠然とした“子供とはこういう風に扱えばいい”という定型にそって淡々とこなしているように見えまして。そうやって本当に自分の目的の為だけに、興奮すら覚えず子供を手にかけたのならそれはそれで相当に心が麻痺しているなと!?
上で狂気的じゃないとか言ったけれど、やっぱりかなり狂っていたかもしれないですね。
万里生私は新納彼よりもずいぶんと小柄で守ってあげなきゃいけない人みたいな印象を受けたのですが、ちょっと冷静になって2人並んだところを見るとあれ大きい...?新納彼ほとんど身長が変わらない...?と。
でもリアクションや表情だけみると甘いミルクの匂いでもしてきそうというか、いかにも愛されてる子供のような雰囲気を纏うことがあって、そういうのもこのペアがあまり殺伐としていないように見えた一因なのかなと。
ただ甘ったれなだけでなく、ニーチェを読むときにしていた目次をざっと確認してから当たりをつけてページを開くような、いかにも勉強ができる賢い人の本の読み方といった仕草や、万里生私にしては珍しく指示より早くハンカチを取り出して血が出てるのが許せないくらいの勢いで指先を拭っていたのが潔癖っぽい上に上流育ちな感じがしてその辺のバランスが良かったです。
反対に54才の姿では妙にふてぶてしいというか、彼との大切な思い出を他人に話したくない、早くここから立ち去りたいという感じで完璧に心のシャッターを降ろしていて頑なな印象でした。
この手の凶悪犯罪は~と言われて強くそれを否定したのも"2人でやったこと"をそういう括りにされたくないみたいで。
なんだか全体的な態度をみていて思ったのですが犯罪に対しての罪の意識とかは全然持ってなさそうでしたね?35年経っても彼のことしか頭にないな万里生私...??
それなのに審議委員会では『彼の友情が必要でした』とだけ証言するんですよね。回想での二人の会話も『ただの友達じゃない』『抱きしめてほしい』『お前がいなきゃ駄目なんだ』『うわべだけの親友か?』と。これだけ言っているのに劇中で愛だの恋だのという表現は一言もないんですよね。
本当にそういう会話が無かったのか"54才の私"がワザと証言しなかったのか…。
劇場で観た際の感想でも触れたかもしれませんが、契約書の場面にこのペアの関係性がよく出ていると思うんですよね。
最初万里生私はまだちょっと納得していない様子でタイプライターに文句をつけてたのに、新納彼に有無をいわさぬ様子で急かされればサクッと切り替え、きっちり眼鏡をかけアイコンタクトをしながらうなずくし、新納彼もそれを確認してから本題に入ったりとか。
指を傷つける時も強引ではあるけれど、怯える万里生私を優しくなだめるような愛情のこもった微笑みを向けたりとか。
自分で切った時には眉ひとつ動かさないのもあくまでもスマートで頼もしい、万里生私の理想の彼像を演じている面もあったのかなと感じたりもして、やっぱりこのペアは関係の作り方が他と違って独特だなぁと思いました。
『2人を決して離さない~』のあたりで、嬉しそうに迫ってきた万里生私を落ち着けって感じでツッと押し返した時も、冒頭の公園で万里生私に引き留められて振り返った時もまるで手のかかる子共に苦笑しているようで、小さな頃からこうやって新納彼が万里生私を庇護して手を引いてきたんだろうなというのが浮かぶようでした。
キラキラした目で一生懸命慕ってくる万里生私のことが可愛かったんじゃないかなと。
なんかもう『一番大切な僕の元へ』と歌う万里生私の説得力が凄かったですもんね。
だからこそ、そうやって自分の後をついてきた万里生私が自分より恵まれた家庭環境や優れた頭脳を持つことへの嫉妬やら、常に優位に立って翻弄してやりたいという欲求からわざと突き放したりもしてたのかなと。可愛いのに憎たらしいみたいな。
盗んだタイプライターを高級品だと得意気に言ったり、私の高級な眼鏡に対して激昂する様子に一番屈折した感情を滲ませてたのが新納彼な気がしました。
配信のバクステツアーで彼はタイプライターだけでなく机まで盗んでいたと知り、思わず机をガチャガチャさせながら運んでくる姿を想像してしまったのですが、そもそも盗んだ机を使い続けなきゃいけないって何事だろうって。
このところ何も感じない、なんのスリルもないと喉元に手をかけ逃れ難い焦燥に溺れそうになっている新納彼の悲愴な姿をみて、強盗をして逃げてきた時の異様なはしゃぎぶりは麻痺した自分の感覚を戻したくてわざと大袈裟に振る舞っていたのかもって気がしました。
だから、そんなふうに今にも崩れ落ちそうな状態で『お前に従おう』なんてなげやりになるのは見ていて辛いものがあって。一方的に情欲をぶつけられてもうどうにでもなれと自棄を起こした頭なら、殺人なんて過激な考えが思わず出てきてしまうかもなと。
ここら辺は完全にお互いがお互いのことを全然みてなかったと思いましたね。
この直前『このスリルがたまらないんだ…』とこぼした新納彼の気持ちが自分以外に向いてると悟った時の万里生私は確実にブツッって何かが切れた音がして、真顔で言い放った『よくそんなに冷静でいられるね』が刺すような冷たさでゾッとしました。反対に、新納彼に迫る姿には圧倒的な質量の動物的な生々しい劣情があって、見てはいけないものを見てしまったようで震えるしかありませんでした。
未だに、ジャケットから抜き出された右肩の白いシャツに浮かぶ滑らかな丸みが脳裏に焼きついて離れないです。
でももし新納彼が万里生私のことをちゃんとみていたらこんなになるまで放っておかなかっただろうし、万里生私もこの世の全てがどうでもいいみたいな新納彼を前にしてこんな熱量で肉体的な行為を迫らないのではと。そもそも"契約"を盾に取って行なわれたものであんなに満足げな表情を浮かべられるものなのかなと…。そのへんの感覚もわからなくなるくらい彼に焦がれて狂ってしまっていたのでしょうか。
そういえば万里生私は物語の出だしから最後の最後までずっと泣いていて、あんまりにもボロボロと零れていく涙に干乾びてしまわないかと心配になるほどだったんですが、思い返すとその涙をしっかりと拭ったのは審議委員会で彼が亡くなった事実を話した時だけで。もしかしたら冒頭の公園で再会するよりもっと以前から万里生私の心は壊れていて、真実を告白したあの時まで自分の目から涙が溢れてることにも気づいていなかったんじゃないかなと。
そんな風にお互いもう自分を保てない程にメンタルがボロボロで最悪なタイミングで爆発してしまったにも関わらず、その直後に『人生で1度くらいドデカいことをしてみたくないか?』と後ろから頬を寄せて犯罪行為へと誘う新納彼は、2人でできるとても素敵なコトを思いついたと言わんばかりで、まるで万里生私との逃避行でも提案しているように見えました。
このペアはなんだかんだでお互い思い合っていたり、しっかりコミュニケーションがとれてる(ように見える)場面が多いけれど、実は噛み合っていなかったが故にあの結末を迎えてしまったみたいな面もある気がして、まるで壮大な両片想いをしていた様にも感じました。
顔が潰れているから、誰かわからないから『すぐに忘れ去られる』と彼が考えてしまったの、発見された子供の遺体と行方不明の子供を関連付ける親がいないと思ってるって事ですよね。身代金が要求されてるとはいえもしかしたら…って考えは頭をよぎるだろうし、もしくは自分の子じゃないと安心するために確認はすると思うんですが。そういう可能性を全く思いつかなかったのか、それとも怪しいと思っても調べて分からなかったらさっさと諦めると思っていたのか。
まあ作中でも、『俺が誘拐されても親父は世間体の為にしか助けない』と吐き捨てるぐらい親という存在に対して信頼は無いのですが。彼が少しでも愛された自覚のある子供だったなら、親が子供の安否に対してどれだけ執念を持って行動するかを想像できただろうし、あの場でもう少し危機感持ってたのかなとか思いました。
そんな他人に対してどこかドライな新納彼だけど、万里生私に対しては本気で心配したり慰めようとしたり、彼なりに大事にしたいんだろうなというのが垣間見えたんですよね。
俺と組んでの新納彼は自分を取り繕うこともなく万里生私を懐柔しようとするわけでもなく純粋に元の関係に戻ろうと懇願しているようにみえて、他の彼と方向性の違いにとても驚きました。
この場面は照明がとても美しく、青白い月の光のような、薄暗い教会に差し込む一筋の日差しのような冷たく澄んだ光の中、まるで祈る様にくちづけたのに、万里生私によって冷たく振り払われてしまった手が傷心したかのように小さく震えていたのが印象に残っています。
九十九年であんなに温かい涙を流す彼がいるとは思いもしませんでした。
『俺のこと見直したか?』って聞かれた新納彼、やられたなぁって感じで笑ったんですよ。自分のことが怖くなってしまったかと不安げに問う万里生私に、まさかってそんなことないって顔で振り向くんですよ…。
『これから君は孤独だ独り』の相手を突き放すはずの台詞が"こんな結果になってもう2人でいる事もできない"という哀しさを含んだものに聞こえたのは新納彼が初めてで、それに対しての『離れられない』が独りよがりでなくて彼の為 、そんなことは絶対にさせないって力強さがあったのも万里生私が初めてでしたよ...。
ゆっくりと階段を上がってゆく新納彼は、ほっとしたような表情を浮かべて薄く笑っているように見えて。
この場面は彼にとって支配している方とされる方が逆転するヒリヒリとした絶望の瞬間だと思ってたのですが、にろまりペアに関しては総ての善悪を超越して愛で包み込んでしまおうとした万里生私を、それまで自分が与える側だと思っていた新納彼が受け入れる形で、2人の小さな世界が完結したような気がして旋律に安心感すらあるように聴こえました。
何処にも居場所が無いと思い込み焦燥感に駆られていた新納彼が、心から安らげる場所が万里生私の側だったと最終的に気づいた話に思えて、よかったね、ハッピーエンド、ぱちぱち。とスタオベしたくなるほどでした。
冷静に考えると全然ハッピーエンドではないし、もっと他にやりようがなかったのかって思いで後からじわじわ辛くなってくるんですが、九十九年のあの瞬間だけは確実に2人の間に幸福があったと思います。
というか、どう頑張ってもそう思わざるを得なかったです。
配信のトークで、新納さんが宣伝ビジュアルのキャッチコピーである"究極の愛"について触れていて、そこを推してしまうと観る人が最初からそういう話だと決めてしまわないか、みたいなことを言っていたと思うんですが、私も初めてそのコピーを見たときから少し気になっていて、そこ全面に出されてもなぁ…どういう風に思うかはこっちが決めたいしなぁ………なんて斜に構えて劇場に行ったらとんでもなく愛だったので 色々いえなくなってしまいました。
配信にしても、あれだけ愛だ!!!!とデカイ花火を打ち上げられたら、不覚にもこちらも、愛です!!!!って叫びたくなるほどに気持ちがブチ上がってしまいますもん。
ヤマコーペアや成福ペアに関しては「いやでも君達人殺してるからね?犯罪だからね?」っていう客観的な気持ちが少なからず働くのですが、にろまりペアはあまりにも壮大な愛でそれらの問題を考えさせる間もなく吹き飛ばしてしまうので、このペアはそういう意味で恐ろしくて狂気的だなと思いました。
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スリル・ミー
東京公演
東京芸術劇場 シアターウエスト
2021年04月01日 (木) ~2021年05月02日 (日) ※一部公演中止
他
配信日 2021年5月30日(日)17時〜